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古立ケンジ過去・現在・未来への扉

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Dance ダンス だんす。

タイミングが良いのか。ダンサーとのライブ企画が重なりました。
鈴鹿と白州。グループとソロ。ストリート(かな!?)とコンテンポラリー。打ち込みの曲に合わせて音をつけるアフレコと生音で打楽器ですが音を出さないところで音を出す。無音の表現。
この相反する二つのダンサー達との融合は私にとって自分への挑戦みたいな感じがします。

どちらも8月ですが、2日・3日に行われる鈴鹿での「鈴フェス」。大人数で挑むこのダンス音楽の難しさは打ち込みの曲にあわせること。やったことのある方はわかるかと思いますが、スピーカーから出る音が人間の耳に聞こえてくる。それに合わせて生楽器の音をのせて同時に聞こえるようにしないといけない。ましてや野外。大変です。少しのづれが耳障りで邪魔な音になってしまう以上いつも以上にインテンポや曲への集中力を高め、耳をアンテナのごとく受信(バリ5で)し、なおかつ発信しないといけません。曲はもちろん覚えて歌いながらでないとできません。わずか5分たらずですが、かなり集中力が要ります。

白州はソロダンサー荒木志水さんとのコラボレーションです。
志水さんの詳細はこちらで。
http://blog.goo.ne.jp/sshhii-zzuu
今までの私の観点を違う視点から見てくれるので、演奏や音をバッさバッさ切り裂いてくれます(笑)
「抑制された音の表現」というべきか、でもそれが嫌な抑制ではなく一音の「凄み」を出さなければいけません。重かったり軽かったり、暗かったり明るかったり、沈んだり浮いたり・・・。
今までの視点とは違う視点なので自分の粗さが浮き彫りにされます。

2・3年前とある方からこんなことを言われたのを思い出しました。
「零の始点を見つける」
自分が音を出すのも、何かを表現するのも、まず零の始点を見つける。十字にグラフにすると真ん中のところ。全てにおいて己をニュートラルにする。音を出している時でも。それを見つけ、掴むと自分の音幅や表現がどこでもいけるし、合わせるのもどこにでも合わせられます。

零始点。
まさにそんな感じです。(勝手に思ってるだけかもしれませんが)
目に見えない音を見えるように。イメージを音に、音をイメージに変えて描写できるように。
新たな課題発見です。

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